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財界でも高名という とある資産家が、秘密裡にポートマフィアに依頼してきたのは、
海外から商談にと来訪していた外ツ国のご友人の令嬢が “日本の学校を見学したい”と言い出したため、
平和な国情だし大事無いとは思うが護衛をしてはくれまいかというお願いで。
当人にすればご友人だが、対外的には準外交官にあたろう格のご一家だとかで、
そんな立場の人を無防備に扱って何かあっては一大事。
それに訪問先というのも名家の令嬢たちの集う学び舎なので
無辜非力な存在しかいない場、騒乱の修羅場となっては被害も甚大となりかねぬ。
そこでと、飛び入りする令嬢の護衛は裏社会の雄でもあるポートマフィアへ厳重にと依頼したその上で、
学舎や生徒さんたちへの表向きの守りは公の警察へ届けを出しておいたらしくって。
「それで武装探偵社にもお声が掛かったんだね。」
「まぁな。」
急な指令とあって、事前の刷り合わせはなかったので、
今の今、対岸の顔見知りと顔を合わせるまでそんな状況だという現状も知らなかったのはお互い様。
外回りの護衛をと配置され、突発的な事故もどきに巻き込まれかかったご令嬢を助けたつもりが
見知った顔の相手と知って、それでも慌てふためかなかったのは芥川の方もなかなか物慣れた様子であり。
とはいえ、思わぬ事態ではあったか あとが続かないで凍りつきかかっているようなので、
『あら、ボタンを引っ掛けてしまいましたわ。』
二の腕を掴まれた側だった中島さんちのお嬢様、
不意に驚いたような声を出して相手の制服の青いシャツの手首をつかむ。
そこのボタンに長い髪の端が絡まったという体で誤魔化すらしく、
先程の自転車が飛び出してきた横道の先、非常勤清掃員の方々の仮の詰め所に配置したトレーラーの陰へと
“監視員”さんの手を取ったまま誘なう手際はたいそう自然でなかなかのもの。
『教室に先に行っておく。』
鏡花がこそりとそう囁いて、一人で先に学園へと進んだのも臨機応変の一端らしく、
予定外な事態だが、情報の擦り合わせは大事だろうとの判断でのこの流れ。
着いた先ではではで、それぞれの役回りの格好でいた顔ぶれが仲間内ではない顔へと一瞬緊張して見せたが、
女子高生の恰好をした敦がゆるゆるとかぶりを振ったのを見て丁重な頷きを返し、
そのままお勤めなり指示や連携へだろう確認なりを続けて見せるから、
現場での想定外の事態への行動判断に、ある程度の裁量が認められている敦だということが察せられ。
こういった一連の流れからも、この白虎の少年がまだ十代という幼さながらも年季が違うことを知らしめる。
なればこそ、
「言えないことは言わなくていいよ。」
そっちにはそっちの段取りとかあるんだろうしと
口角を上げ、双眸を孤にたわめ、にっこり笑った敦の側から先んじて言ってから、
「こちらからは主に女性の構成員が校内に配置されてる。
臨時の事務員だったり清掃員だったりというかたちでね。
特別な聴講生が来るというのは本来の職員の皆様にも通達されてるようだから、
そういうことでの手厚いカバーだろうという格好で把握されてるよ。」
自分たちの手勢がどう潜入しているかのおおまかなところを口にする敦であり。
肩先に綺麗にそろえた手をやって はさりと長い髪を背の方へと払いつつ、
「対象は某国から来日している高官の令嬢で、
招待側のご一家のお嬢様が居るクラスに今日だけの聴講生としてやってくる。
なので、ボクと鏡花ちゃんが昨日から転入生として潜入中。」
一つのクラスに二人まとめてというのは異例だろけど、
ボクの方がずっと外つ国にいたので要領が判ってないということになってて、
鏡花ちゃんは補佐役という触れ込みなんだ…と、そういう詳細まで語ったのは、
軍警の手配はせいぜい敷地の周縁止まりだろうが、構内へは探偵社の精鋭がいるんだろうなと読んでのことだろう。
探偵社の陣営の、ある意味で要にあたる太宰とは昔馴染みな彼でもあるから、
あの策士を前に下手に隠しても無駄だという思いも多少はあるのかも知れぬ。
そういう特異な背景を抜いても、情報の点でマフィア側に遺漏があるはずもなく。
「これは勝手な憶測だけど、
そちらは国木田さんや太宰さんが教育実習の講師とかいう触れ込みで来てるんじゃあない?
女学園でも男性教師が居ないわけじゃあないし、実習に卒業生しか来ないとは限らない。
PTA、父兄とか後援会経由の伝手という格好でなら問題もなかろうしね。」
与謝野さんは保健室の補助員とか?
谷崎さんとか宮沢くんは年齢的に無理があろうから、君と同じく外回りの配置かな?
「あ、でも、谷崎さんはあの幻視の異能を使えば校内にいても不審がられはしないかな。」
などなどと、
ちょっと考え込む所作として、ふんわり瑞々しい口許へ細い指先を添えて見せ、
相手が否定しないのを是と取ったか、くすすと笑うのがまた愛らしい。
「以降、何か通達があるならボクの端末に知らせてね。」
以前に共闘した折に番号は交換し合っているので、そこへの支障もない。
ほほほとはんなり笑って見せ、少し離れたところにいたお仲間の黒服さんに呼ばれて、
それじゃあと会釈を残して立ち去る姿を見送って、
芥川の方も本来の配置である通学路の方へと戻ることとする。
視線だけちょろりと敦を追ってしまったのは、
“走り方もちゃんと女子高生しているのだな。”
ブレザータイプの制服も可憐に、軽やかに駈け去る好敵手の後ろ姿へついつい感心してのこと。
カツラだろうに頬に掛かる髪を、実に自然にしかも品よく指先で捌いてたし、
やわらかく笑うたび口許にゆるく握った手を添えてもいた。
そこへ加えて、女性の小走りというものまで心得ておいでな敦だったのへ
舌を巻いた芥川だったのはおまけだったが。
“ああいうことも太宰さんが仕込んだのだろうか。”
女性には詳しい人ですしねぇとかどうとか、
余計な合いの手を入れては後が怖いので沈黙を守ろう、うん。 (笑)
**
結構な歴史もある古式ゆかしい学舎だが、
窓も大きく風通しも良くて、校内はなかなかに明るい。
十代のやんごとなきのお嬢様方が、
無邪気に笑い合いつつ、教室や廊下のそこここで戯れておいでの光景は何とも華やかで、
“和むなぁ…。”
政治家やら資産家やら、結構名だたる家柄の令嬢ばかりが集う女学園ではあるが、
大財閥の創始者一族だの茶道や華道の家元一門だのというほどの級は
むしろ帝都の方でお暮らしか、ヨコハマという土地柄にはおいでではないようで。
そちらもまた帝都派か、
新進気鋭のとか、IT世界の寵児の…などという、ここ最近の成長株なご一家の係累もいないよう。
そんなせいかどこかのほほんとした、お花畑仕様の空気が満ちており、
派閥があったり、あの方ちょっと生意気ではございません?なんていう空気も立ち上がらない、
ある意味、純粋培養されているような天真爛漫なお嬢様がた揃いの学園であったりし。
“もしかして、社交の世界に出ないまま政略結婚コースな方々ばかりなんだろうか。”
社交界はなかなか手厳しい世界だと聞く。
企業を担うトップ同士の、事業上の取引やら競争やらだけではない交流の場であり、
女性は口を挟んじゃあいかんとされているのは建前で、
各家の内儀の主導権を握っていたり、一族の総意を統括しておられたりという格好で、
ただならぬ影響力を持つ存在や、
決定権を持つも同然、一族の顔として君臨してなさる伴侶様方も少なからずおいで。
そんな方々が険を競い合い、時には陰湿な謀略を仕掛けもするというから、
なかなかに壮絶な世界をいかに切り抜け、よその競争相手を出し抜けるか、
女性眷属であれ 足を引かれぬよう構えねばならず、ちいとも気が休まらぬ世界だとも聞く。
だがだが その一方で、親御の意のままに先行きも決められていて
輿入れ先もすでに決まっているような方も依然としていらっしゃるようで。
もしかせずとも此処はそういう傾向のお嬢様方が多いのやもしれぬ。
鏡花と離れ、遅れて教室へと辿り着いた敦へと、
「中島様、おはようございます。」
「大事無かったのですか? 自転車と接触なさったとか。」
にっこり邪気ない笑顔を向けて下さる撫子やら白百合のような令嬢たちへ、
「はい。ご心配おかけして申し訳ありません。」
こちらもほんわか頬笑んで、なごやかな空気へと潜り込む。
今日はいよいよの本番当日、放課後までを何としてでも無事に過ごさねばならない。
一体何がどう襲うか、どう飛び込んで来るものか。
はんなりと笑いつつも気を引き締めた虎くんだったものの……
◇◇◇
午後の授業に付きものな、ちょっぴり眠くなる誘惑が
ますますと威力を増すそれは長閑なお日和の中。
2階のとあるお教室では座学の授業の真っ最中。
お昼前の授業では武装探偵社の眼鏡のお兄さんが数学を担当なさり、
やや堅いお声で数式を解説しつつ解いてみなさいと差されるのが緊張したものが、
それに比すれば ずんとまったりした授業、
近代詩歌の音読のお声が窓からのそよ風と混ざり合い、教室の空気を優しくかき混ぜており。
俯いてこっそりあくびを漏らすお嬢様も続出で、
中にはこっくりと船をこぎ始めるお人も出るほどで。
そんなお友達に気がついて、あらまあと開いた口許を隠す人、くすくすと吹き出す人もいる。
40人ほどが机を並べる教室の後ろの方の座席には、
光の加減で金色にも見える、茶褐色の髪をした外つ国からの聴講希望のお嬢様も坐しており。
そういうところも同じなのが楽しいのだからと、他の皆様と同じ制服姿になられて、
机の下へ長い御々脚を押し込めておいで。
朝からのずっと、それは真面目に授業を受けていらっしゃり、
休憩時間にはやや片言な、それでも日本語を頑張って繰り出して
周りのお嬢様方とお話もなさっている懐っこさには好感が持てる。
あくまでもお勉強をしに来たのだという姿勢、その上で朗らかに振舞う彼女には、
エスコート役の資産家のお嬢様も
最初こそ緊張してらしたものが、今ではすっかりと安心しておいでだったのだけれども。
心地のいい静謐が満ちていた午後を、人ならぬ何かが叩いて潰したいかのように、
バンッという炸裂音が唐突に轟いたものだから。
「な…っ。」
「何ですの、何ですの。」
「皆様どうか落ち着いて、怪我をした人はいませんか?」
同じ室内でのものに違いなかろう間近で攻撃的な大音響。
令嬢たちがきゃあと驚いて立ち上がったのへ、
教壇に立っていた女性の講師が、自分も驚いたであろうにさっと教室中を見まわして声を張る。
外からは他の教室からの悲鳴も届くが、非常ベルなどの警報機が鳴らないのが大人たちを戸惑わせてもいる。
随分と大きな音がしたが、天井や壁が弾けて降ってくるでなし、
派手な音だけで、何かが実際に破損したわけではないのだろうか?
「???」
キツネにつままれたような面持ちでいたものの、ただならないことが起きたには違いない。
ふと窓の外を見やった生徒がアッと声を上げ、
椅子を蹴立てるようにして席から立ち上がったそのまま遠ざかろうとした。
それへ釣られて皆が視線をやれば、そこが炸裂音の出どころかサッシが大きくゆがんでおり、
しかもタッセルで束ねられていたカーテンがめらめらと燃え始めているではないか。
さすがにこれは異常事態で、遅ればせながら非常ベルもけたたましく鳴り始める。
「きゃあっ。」
「み、皆様どうか落ち着いて。」
これは避難した方がよさそうだが、一斉に飛び出しては将棋倒しなどの二次災害が起きかねぬ。
講師が声を張り、廊下へ出る引き戸へ歩み寄ると、薄く開いて首だけ出して見回してから、
「いいですか。落ち着いて、整然と並んで避難しましょう。
そのまま校庭に出て指示を待ちます。」
どうしてもというもの以外は荷物もそのままに、さあ並んでくださいねと、
皆を教壇側へと呼び集め、体育の授業よろしく整列させる。
新入生たちにはまだ慣れのない校舎じゃああるが、それでも1カ月近く通ってもいるのだし、
廊下の先、階段を下りて昇降口から出るだけの避難路だ。
校舎内もさすがに騒然としてはいるが、こういう事態へもそれなりのしつけがモノを言っているものか、
繁華街で起きた突発事態と違って、我先にと駆け出す者もいないまま整然と行動していなさるところがお流石で。
“泰然としていてのことか、危機への意識が薄いのか。”
誰かがどうにかしてくれるという感覚がこういうところにも染みわたっていなさるものか。
まあ、混乱が無くていいやと解釈することにして、
敦と鏡花も頷き合うと警護優先の行動に移る。
自分たちの席から立ち上がると、すぐ後ろに着席していらした護衛対象のお二人の傍に寄り、
廊下に待機していたのだろう、そちらは警備員の制服姿の男女が駆け寄るのを待つ。
携帯端末経由で風貌はとうに確認済みだし、身に着けているIDカードに埋め込まれたデータチップもスキャン済み。
「桐生さま。」
「さあ、こちらへ。」
二人の声に頷いたボブヘアの小柄な令嬢、桐生さんちのお嬢様は
お連れの聴講生のお嬢様の手を取って、
流暢な英語で安全なところへ移動しましょうと促しており、
突発事態には違いないが、万が一の折の心得もあったところは万全らしく、
同時に…こうなるかもというのが織り込み済みだったらしいことがうかがえる。
“日頃からの用心なのかな。”
だとしたら、要人関係者の身内っていうのも気が休まらないものなんだなぁと、
お花畑のような思考しかないのかと思ったことは素直に詫びることにする。
周囲へ警戒しつつもそんな感慨が出るだけ、敦もまだまだ余裕があった。
仕立ては派手だし、冗談抜きにとんだ“騒動”ではあるが、
“物理に偏りすぎていて胡散臭い。”
そこはあの元双黒の養われっ子だし、現在もマフィアに籍を置き、単独で暗躍しもする身の虎くん。
感覚や馬力、回復力で多少は異能に頼ってもいるが、
それでも色々と神算鬼謀に翻弄されてきた経験もあるので、
現場なりの対処をこなしつつもそれらをただただ単純に流しちゃあいない。
他の令嬢たちが出てゆき、その後に続く恰好、
こちらの二人とそれを挟んでカバーする男女へも、
さりげなく付かず離れつという距離感を制御することで誘導しておれば、
「……え?」
不意に彼らの足が止まり、
不審に感じた女性の警護がそんな声を出したと同時、
ガタガタッと傍らの机を押し出すようにして、組木細工の幾何学模様も端正な床へと倒れ込む。
不意に意識がちぎれて立っていられなくなったという体で、
だが、誰か何かが接近してきた気配は勿論ない。
「…っ!」
短針銃の類か、古風だか吹き矢、まさかの異能かもしれぬと、
鏡花がすばやく後背へと踏み出し、
彼らより後ろへ立つとブレザーの懐に手を入れ、筒状にしたシートを掴み出す。
護衛用の簡易盾で、ワンタッチで50センチほどに広がり、
特別な素材で作られているので、破壊力の大きいマグナムでも貫通はさせぬ。
胸の下へかざすように垂らせば胴体部分の急所は守れる仕様だし、
勿論のこと我が身も楯の勘定に入っており、
「早く外へ。」
倒れた女性には気の毒だが、優先順位はなおざりには出来ぬ。
一応 敦が屈みこんで首に触れ口許へ手をかざして脈と呼吸を見たが昏倒しただけらしく、
致死性の毒という反応ではないし、そのような匂いもしない。即効性の麻酔というところだろう。
出火していて危ないが防火素材を使っているようなので火の進みは遅いし、
外の警備陣営も無能じゃあなかろうから点呼を取るなりして状況把握は早かろう。
“異能の気配はなかったが…。”
綿密即断という級で察知できる異能持ちではないが、
それでも対峙する場面に長くいた身なので発動の気配のようなものはなんとなく判る。
それこそ途轍もない手練れでそれも抑えられる相手なら別だが、
“そこまでの相手が出て来るような事案だろうか…。…っ!”
麻酔が必ずしも揮発性のあるものとは限らぬが、覚えのあるそれと同じ香がふっと鼻先をかすめたのに気付き、
反射的に匂いがした方を視線でなぜて、
「…っ!」
黒髪の令嬢を懐に引き寄せ、後方へ撥ねて距離を取る。
あまりの唐突さと、やや力技だった瞬発力の利いた行動に、
敦を敵対者か?とでも思ったか、残っていた男性警備員がギョッとしたが、
大きく双眸を見開いた顔のままふっと意識を失ってやはり床へと倒れ込み、
「そっか。貴方も護衛だったんだ。」
イントネーションも自然な物言い、
欧州系の目鼻立ちのご令嬢様がくすくす笑ってそんな言いようをする。
品のいい表情しか浮かべないでいたので気がつかなんだが、
くつくつと笑っているのに目元はさほどたわんでもおらず、
ああ成程と敦の側でも合点がいった。
「特殊樹脂のマスクか。
そういうの使わないでも変装や擬態がこなせる顔ぶれがいるから、
そっちの素材や技術が進んでること知らなかったよ。」
夢のような変装法としてドラマや映画などでも扱われている特殊マスク。
結構昔からスパイ小説などにも出て来ていたが、
実際に本人から型を取ったものでも、せいぜいデスマスクみたいな気味の悪いものにしかならぬ。
特殊メイクを施すことでやっとのこと、似た人くらいにはなれるかもしれないが、
表情まで乗せるほどのものは無理があるのでは?と思ってた。
そんな意思を載せて敦ちゃん(依然として女装中)が 冷然と言ってのければ、
「最新のは凄いでしょ。」
相手のお嬢様はふふんと鼻で笑ってみせる。確かに嘲笑だなぁと感心しておれば、
「多少は笑ったり澄ましたりが出来るのよ。
それに此処ってこの子の知り合いがほぼいない場所だし、何とかなると思ったのよ。」
そうと言って頬の端、耳との境あたりが痒いよな所作をして見せ、
そのままべりりっと顔の皮を力任せにはぎ取ったのはなかなかシュール。
さあ、場が温まってまいりましたよ♪ (おいおい)
to be continued.(23.04.28.〜)
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*どの辺が BD話だっていう趣きになってまいりましたよ。とほほ
久しぶりの規制なしのGWですね。
皆様、行楽にイベントに楽しまれておいでですか?
この妙なお話はもうちょっと続きます。気長にお待ちを。

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